menu
禅がZENZENわからない人のための部屋

この漢字を見つめても「?」しか浮かばないどころか、だんだん「蝉」に見えてきてしまう…。そんな、「禅」についてなんの知識も持たないライターが、東京都世田谷区にある臨済宗(りんざいしゅう)のお寺、龍雲寺のご住職・細川晋輔(ほそかわしんほ)さんに素朴な疑問をぶつけてきました。「禅」と聞くだけで近寄りがたいものを感じてしまう方、ぜひ一緒に学んでいきましょう。

聞き手・構成:小泉なつみ

  • 一 禅の部屋
  • 二 さらに奥の、禅の部屋
  • 三 お坊さんの部屋
  • 四 禅展の部屋
一 禅の部屋
今日はよろしくお願いします!
あ、ポンプフューリー履いているんですね。僕もハイテクスニーカー世代、広末涼子全盛時代に学生だった37歳です。
まさか住職の方とスニーカーの話をできるとは思いませんでした!早速ですが、禅ってなんですか。Twitterの文字数くらいでぜひお願いします。
心の名前」というのが、我々の世界でよく使う回答です。
4文字でまとめていただいて恐縮ですが、もうちょっとハードルを下げてもらってもいいですか…。
そうですね、こんなことばっかり言っているからとっつきにくいんですよね。禅は、文章を構成する「、」と「。」と考えていただければわかりやすいかと思います。句読点だけでは文章になりませんが、効果的に使うことで格段に読みやすくなりますよね。つまり人生が文章だとすれば、それを読みやすく、生きやすくするのが禅という句読点だと思うんです。
100文字でまとめていただきありがとうございます!具体的には、なにをするのが「禅」ですか
坐禅(ざぜん)や禅問答(ぜんもんどう)を通して、自分を見つめることです。「己事究明(こじきゅうめい)」っていうんですけどね。ちなみに、禅をしたからといって得るものはなにもありません。見返りを求めない、非生産的な行いが禅です。
情報も得られないのに、スマホではなく自分を見つめる…の…ですか…。
それですよ!普段、クイックルワイパーかけながらテレビ見て、LINEのスタンプも選んでません?
すごいなあ。なんでわかるんですか。でも実際にはそこにマニュキュアの乾燥も加わっているのでちょっと惜しいです。
image

……。

……そういう貧乏性の方こそ、禅が必要だと思います。見返りを求めない非生産的な行いのなかで、自分の心を整理していく――。情報過多のいま、禅が愛されている理由のひとつとして、心を整理して「捨てる」ことができる点かもしれません。
捨てるとは、思い出を忘れるということですか?
というよりは、とらわれない、執着しないということですね。たとえば初めて仕事でうまくいったときって、すごく嬉しかったはずです。でも同じ仕事をずっとしていると慣れてきてしまって、感動も薄れていってしまう。だからそういった過去の栄光や経験にとらわれることなく、毎回、初心で臨む。すると、初めて天下一品ラーメンを食べたときのような感動がいつも味わえるわけです。
ふむふむ。禅はリセットボタンみたいですね。
そうですね。うちのお寺では毎週日曜日に坐禅会をしていますが、そこで句読点を打ってもらって、月曜日から新しいパラグラフからはじめていただけたらと思っています。あと、禅の教えのひとつに「即今目前(そっこんもくぜん)」という言葉がありまして、これは目の前のことに集中する大切さを説いています。一度に複数のことを処理することは一見効率がいいように見えますが、実際はどれも中途半端になっていると思うんです。テレビを見るときはテレビに集中すればいいし、掃除するならテレビを消して掃除した方がいい。眼前のことをひとつひとつ大切に行っていくその積み重ねが、すてきな人生に繋がるのではと思います。
Macのウィンドウが開きまくってる私…たしかに注意散漫であります。まだまだ禅のお話、聞かせてください。
禅の部屋でわかったこと!禅の部屋でわかったこと!
  • 一 禅の部屋
  • 二 さらに奥の、禅の部屋
  • 三 お坊さんの部屋
  • 四 禅展の部屋

ページトップへページトップへ