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十五派本山

臨済宗大徳寺派大本山

龍宝山 大徳寺(りゅうほうざん だいとくじ)

●所在地
京都市北区
●寺院
正和4年(1315)に開山の宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)が、同郷の赤松則村(のりむら/円心)の支援を得て結んだ草庵にはじまるという。本尊は釈迦如来。
南北朝時代に両朝から帰依をうけて「本朝無双之禅苑(ほんちょうむそうのぜんえん)」という五山の上に位置付けられ、宋の虚堂智愚(きどうちぐ)から伝わる楊岐(ようぎ)の正脈(しょうみゃく)を護持するための道場として、寺勢盛大であった。
応仁の乱によって伽藍は焼失し、一休宗純(いっきゅうそうじゅん)によって再興されたが、それ以降、茶との縁が深く、日本文化としての茶道の発展に多大な影響を与えた。
●開山
宗峰妙超(1282~1337)。諡号は大燈国師(だいとうこくし)。播磨国(はりまのくに/兵庫県)の出身。はじめ鎌倉万寿寺(まんじゅじ)の高峰顕日(こうほうけんにち)に参じ、のちに建長寺の南浦紹明(なんぽじょうみん)に歴参して、臨済宗大応派(だいおうは)の禅を嗣法。その後二十年間、聖胎長養(しょうたいちょうよう/悟後の修行)を行ったが、五条橋の下で乞食の群れに混じっていたとも伝わり、その峻厳な精神は『興禅大燈国師遺戒(こうぜんだいとうこくしゆいかい)』としてまとめられ、現在でも臨済禅の修行道場などで読誦されている。

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